「原子ってどのくらいの大きさね?」四年生の誠一が尋ねる。
「とても小さいものだ。球の形をしているものとすれば、その直径は約一億分の一センチだね。」
略
「核ってどんなもの?」
「葡萄の中に種が集まっているだろう。あんなものさ。 原子核には中性子という粒と陽子という粒とがある。
陽子は電子をもっているが、中性子は電子をもっていない」
「原子が爆裂するとどうなる?」
「この中性子や陽子の一部がなくなって、その代わりに猛烈な力ができる。そしてそれが強い勢いで噴出すんだ。
その力で工場も家もぺしゃんこになったものさ。それから中性子なども一緒に吹き飛ばされてくる。
それが人間の身体に突っ込んでいろいろな原子病を起こしたんだ」
略
「原子は爆弾のほかに使いみちはないの?」
いいえ、あるとも。こんな一度に爆発させないで、少しずつ、連続的に、調節しながら破裂させたら、
原子力が汽船も汽車も飛行機も走らすことができる。
石炭も石油も電気もいらなくなるし、大きな機械もいらなくなり、人間はどれほど幸福になれるかしれないね」
「じゃ、これからなんでも原子でやるんだなあ」
「そうだ、原子時代だ。人類は大昔から石器時代、銅器時代、鉄器時代、石炭時代、石油時代、電気時代、電波時代
と進歩してきて、今年から原子時代に入ったんだ。 誠一も茅乃も原子時代の人間だ」
原子時代、原子時代と呟いていたいた子供も眠る。 ちろちろ虫頭の下で鳴いている。
人類は原子時代に入って幸福になるであろうか? それとも悲惨になるであろうか? 神が宇宙に隠しておいた原子力
という宝剣を嗅ぎつけ、捜し出し、ついに手に入れた人類が、この両刃の剣を振るっていかなる舞を舞わんとするか?
略
「長崎の鐘」 永井 隆 著より